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                        過去(または現在)にトップページに掲載
した句をここにコメントをつけて再掲します

                               
(2003年3月    菜の花の章)

20才には20才の、50才には50才の
数だけ夢を抱いて誰もが生きてきた。
かなった夢、かなわなかった夢、
いろいろあってそれでよい。
そして、それは過去ばかりではない。
これからの人生も、生きている限り、
それを繰り返していく。
夢を描けなくなったとき、人生は
終わりである、終わりにしたい。
(2003年2月    節分草の章)

漆黒の空に美しい夜景。
そんな夜の街なら何でも
受け入れてくれるだろう。

そんな街に向かって1日の愚痴を
思い切りは吐き出そう。
そして、また新たな気分で朝を迎えよう。

(2003年1月    蝋梅の章)

“大切な思い出の残った古い手紙、しかし
思い出に浸っているばかりではいけない。
燃して新たな出発をしよう”
“何としたことか、くすぶって残っている。
恨みでも残っているのであろうか”


一方にとって良い思い出も、もう一方には
いやな思い出ということもある。
思い出はお互いに気持ちの
良いものにして残したいものだ。

(2002年12月    山茶花の章)

なぜ左手ではいけないのか・・・・・
・・・それは手紙を書くのは右手だから。
両手ではいけないのか・・・・
・・・両手が温かくなるのには時間がかかる。
せめて右手だけでもぬくもりを感じたら、
暖かみある手紙を早く書きたい。
あなたの喜ぶ顔が早く見たいから・・・。

つまらぬ句にも屁理屈はつくものだ。
 
(2002年11月    野菊の章)

年を経るにつれ、思い出したくもないことが
だんだん増えてくる。見るたびにそんな過去を
思い出させる品物も増えてくる。
そんなものは一気に処分してしまおう。
しかし、しばし待て!
良い思い出だけが良い人生なのだろうか。
本当は辛い思い出の中にこそ、自分を鍛え、
成長させてくれたものがあるのだ。
それこそ宝だ。
そんな宝を簡単に処分してはいけない。
(2002年10月   秋桜の章)

世の中不景気でせせこましくて、
ストレスはたまるばかり、出るのは愚痴ばかり。
しかし、ふと見上げた空の青さ、
あまりに鮮やかな青さに、そんなことを愚痴に
思う自分が恥ずかしくなる。
そんな美しさのもとにいる僕は幸せなのだ。  
(2002年9月 木槿の章)

秋の夜の中天にまん丸な月が出た。
こうこうと月が男を照らす。
昼間の喧噪に疲れた男が
ふと見上げた月の美しさに
自然心が明るくなる。
何か勇気が湧いてくる。
新たな夢を持ってやろう、
男はこうしてまた頑張るのであった。
(2002年8月 朝顔の章).......

今年の夏はことに暑かった。
そんな時にこそこそと内緒話を
していたら更に暑さが増す。
こんな時は内緒話も大らかに
やったほうがよろしい。
そうすれば内緒話も内緒話で
なくなり、心も軽くなる。
内緒話などない大らかな
生活をしたいものだ。
(2002年7月 桔梗の章)

流れ星って本当に行き先を自分で定めて
流れているのだろうか。可能なら自分の
行方は自分で定めたいものである。
しかし、大自然の法則で流れ星も行方は
定められてるのかも知れない。私自身も
いろいろあがめいてはいるが、私自身では
どうにもならない大自然の法則で行方は
定められているのかも知れない。やるだけ
やって自然に任せるより仕方があるまい。
 (2002年6月 アヤメの章)

 誰の人生にもチャンスは必ず訪れている。
しかし、そのチャンスをきちんとつかむのか、
うっかり逃すのかによって人生は大きく
違ってくる。つかの間の梅雨の
晴れ間もチャンスとばかり、積極的に
出て、運をつかみ取る。たとえ失敗しても、
消極的にただ待っている人生より、良い
人生だと思って過ごしていきたいものだ。
(2002年5月  射干の章)

我々はつい自分より恵まれた人と比較し、
自分のおかれた環境に不満を覚え、
不相応な幸せを求めてしまう。しかし、
それは得られるものではなく、また、
得られたとしても自分と遊離した幸せであり、
本当の充足感は得られない。自分の足元を
よく見つめ、地道な努力をし、1段1段階段を
着実に上っていくしかないのである。自分の
内面まで急激には変えられないのだから・・・
    (2002年4月  花海棠の章)

 3月に二女が結婚しました。
花嫁の父には一種言われぬ心境があると
言われます。あまりに淡々としていては観衆
には面白くもありません。演技でも観衆の
期待する花嫁の父を演じねばなりません。
私はそんな演技は苦手です。
 果たして私の姿は演技だったのか・・・・
 真実だったのか・・・・・
   (2002年3月  沈丁花の章)

  誰にも均一、平等に春がやってくるわけでは
 ない。春にも選ぶ自由はある。春に停車して
 もらうにはどうすればいいのか。どんな人に春
 は訪れるのか。
  人にできることは限られている。それぞれの
 能力、環境に応じて望ましい自分像を描き、
 それに向けて努力する。そして、静かに春を
 待つ、そんな日々を過ごしたい。
    (2002年2月 マンサクの章)

 春が来る、春が来ると言いながらなかなか
来そうもない。でも季節は正直なもの、その
うち来るだろう、酒でも飲んで待っていよう。
これで確かに季節の春は来る。
 さて、人生はどうだろうか。あくせくしても一
生なら、成りゆきにまかせても一生。どうせ
同じ一生ならどう過ごすか・・・・残り少なく
なってきてどう考えるか・・・・

     (2002年1月 スイセンの章)

 日は沈み、日は上がる。その間に昨日と
別れ、今日が始まる。特に、初日の出は
もっと大きな決別をして、新たな年を始める。
過去にいつまでも拘泥していない。
 私にも昨年はいろいろあった。特に川柳に
ついては川柳東浦の会の解散があった。
新たな気持ちで、新たな出で立ちをしたい。
 (2001年11月例会句)

   22年続いた川柳東浦の会が
11月をもって解散した。
東浦の会に入ってはじめて川柳という
ものを始めた。会の創立から解散まで
会員であった私としては、感慨無量の
ものがある。ここで得た知識や
人間関係を明日につないで
行かなくてはいけない。
新たな道を探していこう。
     (2001年9月例会句)

 今年の茄子は全くよく成った。それも晩秋
までまだ盛りと成っていた。
 私の人生はどうなのだろう。人生80年と
して、20年ごとに切ればまさしく晩秋である。
そして、その意気はどうなのだろうか。同じ
ように晩秋であろうか。
 せめて心意気は今年の茄子のように、まだ
盛りといきたいものだ。これは心掛け次第で
できることだから・・・・
    (2001年8月例会句)

 3年当用日記を使うようになって6冊目、
17年になる。毎朝決まった時間に書く習慣
がついて続いているのである。
 それと私の日記は、落書きのようなもので
ある。誰にとがめられることのない落書きは
楽しい。また、真っ白な雪の上に描く落書き
は楽しい。思いもままに書いて、昨日を少し
反省し今日に向かう、私の生活の一部に
なっている。
(2001年6月例会句)

中高年にはつらい時代がやってきた。
特に団塊の世代は産まれてから
ずっと辛いこと続きである。
ふと辛いことから抜け出したくなる。
そんなときいろいろなうまい話が来る。
でもそんなものをあてにならない。
耐え、時が来るのを待ち、
自力で抜け出すしかない。
    (2001年4月例会句)

 待ち人はなかなか来ない。街角でぼんやり
立って、それとなく人を観察することになる。
面白い。仲良くしていく人、言い合いながら
行く人、急ぐ人・・様々な人間風景に出会う。
何か考えさせられてしまう。
  しかし、観察しているということは、観察
されていることでもある。作者は気づいてい
るであろうか。
    (2001年3月例会句)

 月はもう中天に上がり目的を達している。
僕も年齢ではもう50歳代半ば、しかし、何を
やってきたのだろうか、何を果たしてきたの
だろうか。まだ半ばの気がするが、もう残さ
れている時間は少ない。
 これからこそ自由にやれる世代、考えて、
挑戦してやって行かねばと思う。
    (2001年2月例会句)   

 私達は毎日いろいろなことを見たり、
聞いたり、人にあったりして過ごして
いる。その中には少し関心を持って
対応すれば、素晴らしい発展に
繋がるものも潜んでいる。
 しかし、そっと来るものは
つい見過ごしてしまう。
本当に良いものは大きな足音を
立ててやってきたりはしない。
 そっと来るものに耳を澄まして
逃さないようにしたいものだ。
    (2001年1月例会句)

 2001年21世紀が始まった。
年明けてカレンダーは確実に変わってい
た。しかし、時間は連綿と続いている、
区切りなどはない。
 でもカレンダーのように、新たな気持ち
で新しい世紀を過ごしていきたいもので
ある。反省と挑戦を、エンスージアズム
(熱意)を持って進めていこう。
    (2000年12月例会句)

 昨年9月孫ができた。その目と自分の
目を比べてみる。50年の間に自分の
目はこんなに濁ってしまったのか。
 何かする度に、何かに合う度に少し
ずつ濁りを増してきた。
 もう人生後半、いや幾ばくもないかも
知れない、今後はその濁りを少しでも
薄めていく生活をしたいものだ。
     (2000年11月例会句)
     君の優しい手にかかれば
     渋柿も渋みがとれている。
     こんなことはあり得ない。
     ところがそんなことを思わせて
     しまう君の優しさ。
   優しさは人間の原点、
いつまでもその優しさを
忘れないようにしてほしい。
いや、そんな心配はなく
君はいつまでも優しい。
   (2000年10月例会句)

 暑い夏が過ぎて、すごしやすい秋が
来た。芸術の秋、スポーツの秋・・・・
そして、まだ見えぬ事に期待が集まる。
そうして毎年、毎日繰り返して過ごして
きた。期待通りだった時、期待はずれ
で終わったとき・・・・でも、毎年、毎日
期待を持って迎えたいものである。
 もちろん坂は自分で越えなければ
ならない。
      (2000年9月例会句)

友達が来る。なにが無くてもまず
珈琲を飲みながらお互いの安否を確
かめ合う。気心の知れたこんな友達
がいるのはうれしい。年老いてくるとま
すますそんな友達がほしくなる。友達
は大切にしたいものだ。
(2000年7月例会句)      

「雨雲がやってくるようだ」
「どちらの方からだ?」
「明日の方らしい」
「それはまずいな、明日は
ウォーキングだ」
「雨の日には雨の日の良さがあろう、
自然の流れに任せよう」
   (2000年1月例会句)

きりの良い年とはもちろん2000年の
ことである。きりが良いからと言って何
も良いことと因果関係があるわけでは
ない。ただの願望である。それでもそ
んな気がするし、そう思って明るい気
持ちで過ごして行きたい。

川柳&ウォーク